三十代に突入した頃から、僕は自分の髪に自信が持てなくなっていた。シャワーを浴びるたびに排水溝に溜まる抜け毛、風が吹くたびに気になる生え際。市販の育毛剤をいくつも試したが、効果は感じられず、ただ時間とお金だけが過ぎていく。鏡を見るのが嫌になり、人と話していても、相手の視線が自分の頭に向かっているような気がして、いつしか俯きがちになっていた。「病院に行く」という選択肢は、頭の片隅にはあった。でも、「薄毛くらいで病院なんて大げさだ」「恥ずかしい」という気持ちが、どうしても僕の一歩を阻んでいた。そんな僕の背中を押してくれたのは、妻の一言だった。「一人で悩んでいても、何も変わらないよ。私も一緒に行くから、一度、専門の先生に話を聞いてみない?」。その言葉に、僕は堰を切ったように自分の不安を吐き出した。そして、震える手で専門クリニックの予約を取ったのだ。クリニックの待合室は、思っていたよりもずっと明るく、清潔で、プライバシーが守られた空間だった。カウンセリングでは、担当の方が僕の悩みを真摯に、そして優しく聞いてくれた。誰にも言えなかったコンプレックスを、初めて他人に打ち明けることができただけでも、心が少し軽くなった。医師の診察では、マイクロスコープで映し出された自分の頭皮の状態を目の当たりにし、ショックを受けた。しかし、医師は穏やかに「これは典型的なAGAですね。でも、大丈夫。毛根はまだ生きていますから、今から治療を始めれば、十分に改善は期待できますよ」と言ってくれたのだ。その言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように、僕の心に響いた。その日、僕は治療を開始することを決意した。病院のドアを開けるまでの葛藤は長かった。でも、あの一歩を踏み出したことで、僕の時間は再び前に進み始めた。それは、単に髪を取り戻すための治療ではなく、失いかけた自信と、前向きな自分を取り戻すための、大切なスタートだったのだ。
私が勇気を出して薄毛の病院へ行った日